旧 From the Fanコーナー(1997年〜2001年3月)
1999年度下半期


おなじみ田村さんよりLIVE DATE & PLACE LISTの情報いただきました
田村さん、ありがとです!!早速追加しましたが。。。謎も深まりましたね〜(笑)。
ちなみに、73年7月の俳優座の日付(24日)と12月30日ヤクルト・ホールのコンサート名称(ロック・イズ・ショック)は、“ニュー・ミュージック・マガジン”(現ミュージック・マガジン)から拾いました。

情報お持ちの他の方も、よろしくおねがいしま〜す!

 田村 雄司です。
 青木様、LIVEリスト拝見しました。よくもここまで調べ上げられたものと感服しております。

 さて、音楽専科’74年6月号の四人囃子の特集では’73年7月21日の『ミラージ・オブ・四人囃子』について「ドラマチックな中に、シュールな緊迫感と、不思議な感傷感が織り成す奇妙なサウンドの渦の中に聴衆を巻き込み、大喝のうちにエンディングとなった。」とあり、記事はこの後、「このコンサートの反響は大きかった。翌日行われた俳優座のコンサートでは、開場10時間前にはもう切符を買う行列が出来てしまうといった有様だった。」と続いています。

 確かに7月にも俳優座のコンサートはあったということなのでしょうが、この記事だと7月22日ということになるんでしょうか。

 なお、12月30日ヤクルトホールのコンサートは『ロック・インパクト』と書かれております。

 以上、記事の間違いかもしれませんが。

 それから、’77年7月31日千葉港公園のコンサートは『SOUND・GEAR』というアマチュアバンドのコンテストでした。囃子と久保田真琴と夕焼け楽団(まだサンセッツに名前は変わっていなかったと思うのですが)がゲストでした。

(1999/12/30)


NAOHIKOさんからのお尋ね!「円盤」のカバー・ヴァージョンは誰?

 「空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ」のカバーバージョンを先日パチンコ屋さんのモニターで見ました。けっこうハードなアレンジでびっくりしたのですが、演奏しているのがだれかわかりません。どうか教えてください。

(1999/12/29)

どなたかお答え、お願いしマース!!


mumpsさんからライブ・リストの再追加いただきました〜!ありがとmumpsさん!!

再度、ライブリスト用の情報を.....

 1971年5月 東大五月祭(事実上のデビューライブ)
 1972年4月頃、フラワートラベリンバンドの帰国ツアーの前座。(ツアーの日付は不明.....)
 1973年8月15日〜21日 六本木俳優座ロックコンサート週間 (ライブリストの7/24はこれの勘違い?? 出演日は不明なのだけど、例の'73四人囃子の収録されたコンサート)
 1973年8月29日〜9月2日 OZラストデイズ(吉祥寺ライブハウスOZ) (出演日不明)
 1973年10月20日 東京春一番コンサート/聖ロック祭(日比谷野外音楽堂) (但し、頭脳警察のバッキングを担当したのみ)
 1975年3月12日の1stジャパンロックフェスティバルの名称は、これが正式名称のようです。1975年4月29日から4月30日までの荻窪ロフト、4月31日までになってるけど、4月は30日までしかないよー(^^)。

(1999/12/28)

ライブ・リスト・ページに追加しました。73年10月20日は既掲載でしたが、名称に“東京春一番コンサート”を追加しました
他の方にもお願い:東大5月祭など、日にちをご存じの方、教えてくろさーい!


四人囃子ファンのNiNaライブ・レポート!!12月8日・9日にZepp Tokyoで行われたNiNaのライブ!興奮が伝わってきますね〜!行きたかった!!!!!

 2階席で拝見した日は音の抜けが悪く、ちょっと残念でしたが、ライヴとしては楽しかったです。
 でも、一階席のお客さんに驚きました!年齢層が幅広く、Yukiちゃんのファンと思われる方からミックさんのファンまで皆、踊ってらして。。。上から観ると圧巻でした?

 ミック・カーンの演奏は凄すぎて 表現できません!!ほんとにベースの音が聴こえなくて もったいない!(弾いている音数より聴こえている音が少なかったんです)

 次の日は1階席の前の方で拝見。佐久間さんと島さんの、演奏してらっしゃる時の別人ぶりが素敵でした。特に島さんは渋くて素敵でしたよ。サポートの千井さんのにこにこギターはとっても、楽しくなりました。ケイトさんの怪しい日本語も素敵でした?Yukiちゃんのバラードはとても哀しくて、でもあったかくて、ほんとに色んな出来事を思い出して泣けそうでした。2日目は一番前で観ていたんです。

 最終日にミックさんが『納豆が好きです』と日本語でおしゃいまして、もう周囲にいらしたミック・ファンは全員納豆になりたかったことでしょう!

 私はJAPANもB-52'sも四人囃子も、10代に聴いていましてホントに懐かしく、そして大人のゴージャスな遊びを観たような、そんな2日間でした。アンコールでB-52'sの“Good Stuff”をしたんです。もう、ほんとに嬉しくて踊り子と化してました。

 皆さんいらしている方は、あまり普段ライヴにはこられていない方らしく、ぱたぱたと倒れていらっしゃったのが心配でした。

 しかし 今だに佐久間さんのギタリストとしてとべーシストとしてのギャップには驚きます。ほんとに不思議です。そして、ケイトさんとゆきちゃんの衣装が可愛かったです。でも、ちょっと怖かったかも?アメリカのバンドを意識したのでしょうか?エスニックな衣装とウイッグでした。

(1999/12/24)


“ひょえー、mumpsでっせ”さん(笑)から、“四人囃子 LIVE DATE & PLACE LIST ”への情報ご提供でっす!

 皆様、ご無沙汰しております。

 いやいや、aoさん、Liveリストご苦労様です。
 で、ですね、ヌケを少し補足しまする......
 まず、'76年7月20日に後楽園球場のサマーロックフェスティバルに出演してますね。(あたいのサイトを見れば、チケットが掲載されているのでした...)
 それと'76年8月の読売ランドでの第二回ワールドロックフェスティバルにキャンセルされていなければ四人囃子は出演している筈です。この当時は、当然森園先生脱退時のプリと中村哲助教授サポートのフォーマットであります。
 それと、'76年末あたりの佐藤満氏初参加の北海道NHK-FM出演時のライブがヌケているようでありますな....
 あ、忘れてた、あたしの所有音源では、'76年4月末か5月のフジTVニューミュージックスペシャルの収録つーのがありました。(これもプリと中村哲助教授サポートのフォーマット)

 また、思い出したらお知らせしますですです。

というわけで、早速リストに追加させていただきました!mumpsさんいつもながら、たくさんのサンクスです!

(1999/12/24)


大嶋 尚美さんがNiNaライブ(Zepp Tokyo)のレポートを送ってくれました!

 行って来ました、NiNa Noodle tour in Zepp Tpkyo。ticketが売り切れているとは聞いていましたが、本当ーにたくさんのお客さんが来ていて。all standingの1階は両端の壁側に通路になる様な場所を設けていないので、扉を開けるともう人、人、人...という感じでビックリ。

 二日目も混み具合は同じくらいで、しかもこの日はBSの収録が来ていたのでstage真下にcamera移動用の場所をとってあったのでその分より狭くなったセイか、1階で観ていた人はかなり大変だった様です。

 albumの1曲目に入っている『Take 27』が流れる中、memberが登場。観客に向かって手を振る、ひときわ背の高い人影は勿論、佐久間さん。stageの正面側に右から佐久間さん、Yukiちゃん、Kateさん、bassのMick、support guitaristのChiiさん。背面側、右から少し高くなった台に島さん、更に高くなった台にDrumsのSteven、keyboardのChikaraさん、という配置で演奏が始まりました。

 singleやalbumで聴かれる様に、frontのvocalist二人がどんどん押して行く感じでstageが展開されていました。二人の唄は二人の声がとても合っていて、それがスコーンとのびて行くという感じで、聴いていてとても気持ち良かったです。

 佐久間さんはもう本当にguitarをガシガシ弾いていらっしゃって。特に『Super hero』ではrock musician!という感じですごくカッコ良かったです。
 佐久間さんの前にもマイクがあったのですが、お話もchorusもされず、ただひたすらguitarを弾いていらっしゃいました。

 島さんはA.guitarやE.guitarを弾いたり、handy cameraでstageに居るmemberを映したりされてました。とは言え、演奏はしているものの、それがmainという感じではなくて、なんだかstage上の風来坊という感じの存在になっていて、とても面白い雰囲気をかもし出していました。

 演奏している背後にはscreenがあって、CG画像や風景画像などが曲に合わせて流れるという映像効果がされていました。どれも面白く、曲の雰囲気と合っていて楽しめました。
 初日は前半のみ映像効果があって、後半は映像効果はなく、照明での効果のみでした。2日目の後半は収録に来ていたcameraの映像をscreenで流していました。

 映像効果に合わせてかmemberの服装も色鮮やかで、特に印象的だったのはやはりfrontの二人。Yukiちゃんが黒いlong dressに赤くて長い帯という衣装、Kateさんは紫のshort dressにカンフー映画の女性の様な、前垂れのついた橙色の服を重ねていて、しかも二人の髪の色がYukiちゃんは緑色が混じった長い黒髪で、Kateさんが少しorangeがかった赤い髪なので、二人の取り合わせが黒い魔女と赤い魔女という雰囲気をかもし出していて面白かったです。

 演奏した曲目は以下の通りです。

 1. Take 27
 2. Route 246
 3. Aurora tour
 4. In the park
 5. Rest in peace
 6. Super hero
 7. Hashi yasume
 8. Film
 9. Old Delhi
10. When I ask you
11. Hairspray
12. Happy tommorow
----------------------------------
<encore>
13. Ds. solo〜introduce of the members
14. I remember you
15. Good stuff(cover of B-52’s)
16. Aurora tour

 encoreでは新人で曲がないから、という事でB-52’sのhit tuneである『Good stuff』を披露。二日目にこの曲を演奏する前にYukiちゃんが「昔、この曲でdiscoで踊ったのにそれを本人と一緒に唄うなんて...」と話していましたが、私もこの曲を佐久間さんのguitarで聴くとは...と不思議な気分になりました。

 もう一度のencoreではもう本当に曲がないから、という事で最新singleである『Aurora tour』をもう一度演奏して終了しました。

 debutしたばかりbandのtourでしたが、それぞれのmemberの経験の豊かさからか、とても充実した演奏であり、stagingだったと思います。
 物販もただ物を売るというだけでなく、NiNaのlogo入りの箱に入れてあったり、更に別売の紙袋に入れて帰れる様になっていたり、と凝っていて、liveも物販も含めてtotalでNiNaを楽しめる様に工夫されていました。 

 来年1月には二日目の様子が衛星放送で観られるそうで、とても楽しみです。

(1999/12/12)


“だみあん”さん( 35歳 建築や)

 中学のときから20年以上前からのファンです。

 MZA有明のライブのときわざわざ大阪から行ったぐらいのファンです。大阪でも復活バンドしてほしいなー
 東京行くのはお金がかかるよー

 もうそろそろまたこみいった音楽が世の中にまた受け入れられてくるのではないかと思う今日この頃です。

(1999/12/11)


星野さん(60年製 東京)
モリさんの66年製ストラトの行方は?

 始めまして星野と申します

 いまでも悔やんでいることの一つに、昔ヤマハから出版されていた、ライトミュージックという音楽雑誌の特集で、ゴールデンピクニックスのレコーディング風景が何ページにもわたって掲載されていたのにそれを捨ててしまったことなんです...

 という訳でこのサイトを見つけてからちょっと吹っ切れた気分です

 実は森園さんのギターの話をしたいんですが、あの66年製の名演の数々が生まれたあのストラトは今どうなっているのでしょうか
 いまでもグレコのピックアップが付いたままなんでしょうか?
 知ってるかた教えてください

 僕も同じ66年製を持っていまして、これを買った時は気分は森園さんでした!

(1999/12/8)


“お久しぶりのmumpsです。”さんです!

 KONONさんの質問、その2ですけんど、FM東京じゃないよーな気が....

 私、実際、ラジオの交通情報のバックに流れるブエンディアを聞いた事があるのですけど、(この事はわらしのサイトにも書きましたけど....あ、酔ってる)当時、FM東京はあんまし聞いてなかったから、AM系のような気もするのですよねー。

 と言うことで、私も便乗、どこの放送局の交通情報のバックに使われたんすかー???? 大二さーん。

PS:あ、大二さんの弟が答えちゃ駄目だよ〜楽屋落ちどころか、押入行きのギャグでした(^^)。

ちょっと解説(笑):「大二さんの弟」というのは、宴会になると、やたらにはしゃいでその場を仕切りたがるたちの悪い、どこぞのWebmasterをやっている人のことのようです...\(^O^)/

(1999/12/7)


おなじみ田村さんのお尋ねでっす!どなたかぜひ是非お答えをーー!!!

田村 雄司です。KONONさんのご質問に便乗して、僕も一つお聞きしたいことが。

 そもそも「ブエンディア」ってどういう意味なのでしょうか。

 実は、最近27年振りに改訳が新潮社から出版されたガルシア=マルケス(コロンビアのノーベル賞作家)の「百年の孤独」なる本を読んでいるのですが、魔術的リアリズムと評されるこの不思議な物語は、マコンドという架空の町におけるブエンディア一族の歴史を綴ったものなのでした。
 登場人物はホセ・アルカディオ・ブエンディアから始まり、アウレリャノ・ブエンディア大佐、アマランタ・ブエンディア、アウレリャノ・ホセ・ブエンディア、アルカディオ・ブエンディア、ホセ・アルカディオ・セグンド・ブエンディア、アウレリャノ・セグンド・ブエンディア、レメディオス・ブエンディア、レターナ・レメディオス・ブエンディア、アマランタ・ウルスラ・ブエンディア……。

 最初は気にしないで読んでいたのですが、これだけブエンディアが繰り返されると、やっぱり岡井さんの曲に関係あるのかどうかと心に引っかかっています。
 ブエンディアの意味がお判りになる方、岡井さんがタイトルをつけた経緯をご存知の方、または、岡井さんご本人。どうかご教示ください。

 (また、ハズシテシマッタような気がする田村でした。)

(1999/12/6)


KONONさんの、「これぞ囃子ページ!」という、ディープなお尋ねです!
囃子メンバー、特に大二さん以外にも、当時の関係者の方々など、ご存じの方々、是非ともお答えをお願いいたします!!

Webmaster様 ご無沙汰してました。 休日出勤の時だけお便りする、仙台のkononです。

 囃子ファンの皆さんのこだわりには投稿を見るたびに驚くばかりです。 「それでは、私も」という訳ではありませんが、 以前から判らなかったことを、ご存じの方がいたらと思いお便りします。

その1
 73四人囃子のジャケット写真で大二さんが着ているシャツには、 74年の郡山ワンステップフェスティバル『シンボルマーク(?)』が プリントされています。 1年以上前から、四人囃子はワンステップに出演が決まっていたか何かで、 主催者とつながりがあったのでしょうか?

その2
  「円盤」が発売された頃のミュージックライフ誌(だったと思います)に、 「ブエンディアがFM東京交通情報のBGMに使用中」と紹介されていた記憶があります。 これが本当なら(福島在住の高校生だった私にはFM東京は受信できませんでした)、 どのような経緯があって採用されたのか、どなたかご存じでしょうか?

二つとも大二さん関係になってしまいましたが、これが判らないと年越しもままならず ご教示願えれば、幸いで御座います・・・。

(1999/12/5)


charhangさん(山梨県在住)よりのご挨拶です!!今後ともよろしくお願いしマース!ちなみに遠藤氏とは、本ファン・コーナーや野音ライブのレポートでおなじみの遠藤秀哉さんです!

 はじめまして

 実はわたくし、このページでは御馴染みの遠藤氏の友人であります。
 先日、彼と「養老の滝」で飲んだ際、このページを教えていただきました

 いやぁ、なんて言うか凄いところですね ここは! 感動しました。
 わたくしは、四人囃子は「プリンテッド・ジェリー」からという、遠藤氏の足元にも及ばないケチな野郎ではありますが、今後、まめにチェックさせていただきます

 それでは!

(1999/11/25)


4つ下にある唯是さんのご質問(ミュージック・ステーションでNiNaのリズム隊をされていたのは誰?)に対して、匿名のご解答!!ちなみに「山田さん」は、佐久間結婚パーティのNiNaでもベース弾いてらっしゃいました。

TVでNinaのBassを弾いているのは 山田さん。元Speakというバンドにいらっしゃいました。
Drumsは田部井さんという方です。Robots etc..でサポートをしてらっしゃいます。

(1999/11/17)


“ゆう” さんからの情報です!
囃子の着メロ!えんばん!えんばん!!!!
webmasterもさっそくこの本買います!最近、“iモード”に代えたばっかりだし(笑)

 お久しぶりでございます。

 もしかしたら、とっくに知っていらっしゃるかもしれませんが、私自身感激してしまったものでご報告申し上げます。

 「ザ・ロックギター着メロ」(株)リットーミュージックに四人囃子の「空飛ぶ円盤に弟がのったよ」がでていました。私のは、機種が古いので残念ながら出来ませんが新しいのに変えてしまおうかななんて思っています。

 先日のコンサート、残念ながらどちらもいけなかったのですが、次回は絶対行きたいです。
 ライブレポート、「いいな・いいな!行きたかったな。」とため息つきながら見させていただきました。

                                では、また・・・・・。

(1999/11/12)


“ 朝7時から夜10時まで仕事をしている事になってるmumpsです ”さんから、写真倉庫ページの写真についての情報です!

 ども、mumpsでございます。

 さてさて、新たに掲載されたPhoto Warehouseの日時不明の16番の写真、これがどこのライブか知っております。忘れもしない'77年9月17日の横浜野音最後の日'Bay Area Special'の時のものであります。(私も、前から3列目あたりで叫んでたから、指先くらいは写っているかも知れません^^)
 ちなみにこの写真、その後の’77年冬の’HARD UP TOUR'のチケットに使用されたのでした。お暇な方は、http://plaza.harmonix.ne.jp/~gnome/bayashi.htmでも見て確認して下さい。

(1999/11/10)

webmaster:さっそく情報に基づき、写真倉庫の配置を変更しました。ありがとうございました。


“ あいんらんど ” さん (ずっとROMしています!)のご回答!!
なお、点線で区切られた部分は、NiNaページBBSに掲載された文書をコピーしていただいたようです。(転載になりますが、SMEさん、お許しを!)

 唯是さん 連日のご質問! の回答ですが、NINAのホームページで同じ質問が投げられて、佐久間さん自身が回答されています。

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<抜粋>1999.11.07 22:03 Ma-Chang (NiNa)

 Mステ見ていただいてありがとうさんです。
 ところで、ツアーですがミック・カーンとスティーブン・ウルフは本当に参加しますよ!
 佐久間正英(本物です)ここに書きこみ初めて。(^.^)

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NINAのHPは
http://www.sme.co.jp/Music/Info/NiNa/
でその中のBBSは
http://www.sme.co.jp/Music/Info/NiNa/BBS/index.html
です

BBSには、島さんも登場しています。

(1999/11/10)


唯是さん 連日のご質問!

 ついでに、クエスチョンをもう一つ、二つ。

 ミュージックステーションで、NiNaのサポートを務めていた二人(ベースとドラム)はどなたなんでしょうか? 佐久間さん系のスタジオミュージシャンの方なんでしょうか?
 ベースの女性の方は大貫妙子さんとか坂本龍一さんのバックもやってませんか?
 ミックとスティーヴンは正式メンバーではないのでしょうか? それとも、日本まで来るのは大変なのかな?
 しかし、島さんがギターを弾くとは……。。。プラスティックスのファンなら涙ものでしょう。

 ついでに、MZAのライヴのバックの方々はどういう経緯で集めたのでしょうか? ホッピー神山はヒーローだったし、スタジオでよく佐久間さんとやるから分かるけど、あとの方々はやっぱりメンバーの知り合いということで?

 佐久間さーん、昨日の質問もまとめて教えてくださーい。

(1999/11/9)


唯是さん かんげき〜!そして、ご質問!

 金曜日のミュージックステーション、感激でした。
 ヒスブルのバックでベースを弾き、NiNaでギターを弾き、タモリとの絡み・・・・・・。
 もっと佐久間さんにいろいろ聞かんかい〜、TV朝日。
 興奮してしまいました。

 さて、佐久間さんのインタヴューのfile7についてですが、「土屋昌巳とその後よく仕事をした」というくだりがありますよね。ボクの知る限りでは、遠藤賢治の『宇宙防衛軍』くらいしか思い当たらないのですが、ほかにもたくさんあるのでしょうか? あと、坂本龍一とやったバンドについてももっと詳しく知りたいです。何かの機会に教えていただければ幸いです。

 そのページの名前が間違っていました。
   吉田健→吉田建
   土屋昌己→土屋昌巳

(1999/11/8)

webmaster 青木 : 唯是さんのご質問、どなたかご存じの方お教えくださーい!
そして間違いのご指摘については、唯是さんに感謝ですぅ!さっそく訂正いたしました m(_ _)m
みなさまも、間違いを発見されたらぜひ是非、お手数ですがお知らせくださーい!よろしくお願いしまりすです!


えるだん さん(33歳 足立区在住 会社員)

 はじめまして、えるだんと申します。
 いつも、楽しく拝見させて頂いてます。

 ところで今日、MusicStationにNiNaとヒスブルが出演しますが、 NiNaのメンバー佐久間さんはゲスト席に座るんでしょうね。
 そーするとタモリと絡んだりするんでしょうか?。うーん、どーなるんでしょ?
 楽しみ楽しみ(^^)。

(1999/11/5)


“おーこ”さん

 はじめまして 私、佐久間さんのスタジオの近くに住んでいます
 きょう、スタジオの前に真っ赤なベンツのオープンが止まって、
前から、赤か,黄の車に乗っていると聞いていたので、もしや・・・と,思ったんですが、何か,見るのが失礼と思って、チラッと見て通りすぎてしまったんですがサングラスをかけて頭がちょっと青くて・・・

 佐久間さんだったのでしょうかー??
 そうだったら,すごくラッキー!

(1999/10/6)


境 万起子さん(京都在住 主婦 38才)
ありがとうございます!ありがとうございます!TR♪Bライブに向けたメッセージ!TR♪Bメンバー感涙です!!!!精一杯頑張らせていただきまっす!!

 初めまして、いよいよライブが近づいてきましたね。TR♪Bのみなさん体調はいかがですか? 

 チケットを送ってもらい、メッセージまでいただいて、お礼のメールぐらい送らなけりゃと思いつつもパソコン恐怖症の私はなかなかキーボードを押せずにいましたが、せめてライブまでに生まれて初めてのメールをとがんばってみることにしました。(間に合うかな?) 

 私が四人囃子を知ったのは高1の秋の文化祭。四人囃子との赤い糸にひっぱられるかのように偶然入ったLL教室で聞いた「ハレソラ」と「カーニバルがやってくるぞ」 もうかっこよくて楽しくて、ひとめ惚れならぬひと聞き惚れかな?
 その日から頭の中はいいかげんなおせっかいが行ったり来たり(?) バンドの名前さえ聞いたこと無かったのに、すぐにレコード買ってその後はどっぷりと四人囃子漬けの日々。とにかくかっこよかった。大好きなクィーンやエアロスミスよりもドキドキした。レディ・ヴァイオレッタ聞いてたら涙が出た。
 正直言って、音楽的なこととかテクニック云々なんてことはちっともわからないので、そういうことで四人囃子のすごさを語ることはできないけど、どのアルバムをいつ聞いても、いつも旬!って感じ。 気がつくとステレオの前にへたりこんでむさぼり聞いている。 活動が休止してからもかわるものが見つからないし、かわるものなんてなかった。 いつでも四人囃子がだんとつで一番! 

 キャーカッコイーじゃなくてウッワ〜カッコイイ〜〜とゆっくりとだんだん声が大きくなり、そしてハーとかフゥア〜とため息ついて 余韻を感じながらしばしの休息。レコード聞いたらいつもこんな感じ。 こんな表現しかできないんですけど意味わかります〜?情けないなあ。このホームページを見てると みなさん昔のこともよく覚えてるし、音楽的にもとても詳しいので、ミーハーファンの私はただただ感心したり、へえ〜なるほど〜と とても楽しく読ませてもらっています。

 その後、87年からの京都暮らし。雑誌ぴあのINDEXでメンバーの名前を探すこともなくなり、89年の再結成のことも知らぬまま静かに時が流れていた1996年秋。
 私の鼻が何かを感じてピクピクと動き出す
 −> 12月 東京の中古レコード店に有明ライブCDがあることをつきとめる
 −> 12月26日CDが手元に届く
 −> 同日、親愛なるマイダーリンがこのホームページを発見!
 −> 「青木さーん こんにちわー ありがとう!」
と驚喜乱舞する私。 四人囃子との赤い糸はまだつながっていました。

 その頃は嵐の前の静けさか、まだ誰からのメールも見られなかったけれど(今から思えばとてもふしぎな空白の日々) 年が明けたら、あれよあれよと仲間がふえて、様々な夢のような出来事! 「二十歳の原点」はステキなオマケ付きでCD化されるしトリビュートバンドは結成されるし・・・ す・ご・い!

 さて、そのライブ。 うーん 苦しかったーー! 野音とトリビュート。両方行くことは とても無理。 心の中で別の私が「そりゃー野音でしょ」とささやきました。でも、でも 決めました。やはり記念すべきTRB第1回ライブは何がなんでも見とかなきゃ。
 なんせ、1回目の練習(当時はまだ バンドではなかったけど)を見た時から私もマンドリンでもやっとけばよかったとかアホなことを考えつつ1度ぜひ東京にも行ってみたいなと思い、そして バンドに昇格(?)した時は心の中のメールで「おめでとう!」と発信!いつか来るであろうライブの日を どんなに心待ちにしていたことか。

 だからチケットの申し込みをした夜は、興奮してなかなか寝付けませんでした。(でも やっぱり23日は、台風に備えベランダを片付けながら、そして東京のお天気を気にしながら、あ〜そろそろライブ始まるな〜と、ちょっぴりさびしい夕暮れ。時計の気になる1日でした。クスン)

 9日は野音の分まで楽しもうーっと!京都はここ数日で急に朝晩冷え込むようになり風邪ひきそうです。 そちらはいかがですか?どうぞ万全の体調でライブが迎えられますように気をつけて下さいね。

関西NINA情報!
大阪のWest-20と言うTV音楽番組で、NINAの「Happy Tomorrow」が9月7日、14日と2週連続第1位、21日第2位(なお1位はGLAY)! すごいぞ、NINA。

(1999/10/6)


おなじみ山梨の遠藤さんから、茶々丸さんのお尋ねへのご回答!
そもそものお尋ねは、
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74〜75年頃だったと思うのですが、荻窪ロフトでの囃子のライブの曲名覚えている方、森園氏が女性ボーカルの曲をファルセットで歌ったと思うのですが、誰のなんていう曲でしたかね、テープ無くなってしまっているし、隣の人の声でよく聞き取れなかったのですが、昔から気になっていたものですから、ご存知の方教えて下さい。(9/19掲載)
************************************************
という難易度の高いお尋ねでした!

 茶々丸さんへの正確な回答になるか解かりませんが、ロフトでのカバー曲についてお探しの曲は、「止まりそうなくらいスローで、印象的なベースリフが曲を支配していて、森園氏のボーカルは本当にかぼそくて」というような演奏ではなかったでしょうか?

 だとしたらそれは、グラアムナッシュの1stソロアロバム最後の曲「なんとかスリープソング」(すみませタイトル思い出せません)だと思います。女性ボーカルではないので違うかもしれませんが。森園氏は部分的にファルセットで歌っていたので。

 それから青木さんへ お願い!「一触即発」発売直後の目黒杉野講堂(1974.9.21)、幕間に流れていたのは映画「サイコ」のサントラではなかったでしょうか?
 今度メンバーにお会いになったら確認して頂けないでしようか(でも絶対憶えてないと思うけど)
 その音楽は、あの埃っぽい杉野講堂にあまりにも似合ってたのでした。

(1999/10/4)


山田さんから御礼届きました!

 こんばんは。MUMPS様、早速のクローズ・トゥ・ジ・エッジ情報ありがとうございました!
 とってもお詳しいんですネ♪
 しばらく留守にしておりましたのでHPを見ることができず、お礼が遅くなってすいませんでした。

(1999/10/17)


mumpsであります(高円寺でお会いしませう。)さんからのお答え!ホント、mumpsさんよく知ってるな〜!敬服!

 どもども、mumpsであります。

 さてさて、クローズ・トゥ・ジ・エッジと三国氏の関係は????
 三国氏は、佐藤満氏とクローズ・トゥ・ジ・エッジにて活動を共にしております。正確に言えば、佐藤氏と共にクローズ・トゥ・ジ・エッジ創設メンバーでありました。
 '73年に結成されたクローズ・トゥ・ジ・エッジの当初のメンバーは、

佐藤満:G.Vo
中村道徳:G
三国義貴:Kbd
神馬利明:B
工藤利範:Ds(以上、敬称略^^)
の五人編成であったようです。

 ただ、'74年には中村氏、神馬氏、工藤氏が脱退、Bに阿部氏、Dsにマーシャン・ロードでも途中から佐藤満氏と活動を共にする佐藤昭信氏が参加、Aロックでの活躍や'75年のワールド・ロック・フェスティバルにも多分札幌のみですが出演と、当時のアマチュア(セミプロ??)バンドとしてかなりの実績を残しておりますです。

 こんなところでよろしいでしょうか??

(間違いがあれば、佐藤満氏が訂正してくれるでありませう^^)

(1999/10/4)


山田 正二 @ 四人囃子&YES ファン さんからのお尋ね!

 たびたび、すいません。

 現在発売中のCDジャーナル別冊ストレンジ・デイズNO.5の42ページに三国義貴(みくによしたか)氏のプロフィールが載っていますが、

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1955年札幌生まれ。17歳のときに佐藤満(四人囃子)とともにバンドを結成。

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とあります。

 このバンドって例のClose To The Edgeでしょうか?どなたか御存知でしょうか?

(1999/10/2)


山田です〜。

>>実は私がのどが乾いて「水欲しい〜〜〜!」とか言ってたのを
>>森園がマイクで代弁してくれたのでした。

おお、何と佐久間さんご本人からレスが〜!

大変恐縮です&失礼しましたぁ。

P.S.佐久間さん、プロデューサー業お忙しいでしょうが、 たまには今回のようにステージ姿を見せてください♪ 「ラブ・ラブ」見ましたよ!

(1999/10/1)


 大丈夫でーす!モリさんがカワイソかったわけではないのです!!
佐久間さん直々に真実のお話を!!!佐久間さんありがとございま〜す!

>#P.S.前回書き忘れましたが、森さんが一触即発の前に「何か飲みたい」と言ってスタッフが持ってきた水は何故か佐久間さんへ・・。

 に一言! 

 実は私がのどが乾いて「水欲しい〜〜〜!」とか言ってたのを森園がマイクで代弁してくれたのでした。
 で、私のアシスタントが私のもとへ水を持ってきてくれた次第です。
 あ、でも森園も実は飲みたがっていたかもね・・・。だったら 「モリ、ごめん!」

 佐久間正英

(1999/9/29)


山田 正二 さんの追記(このページの上から2番目のメール) Webmaster宛私信の一部としてお知らせいただきました。

#P.S.前回書き忘れましたが、森さんが一触即発の前に「何か飲みたい」と言ってスタッフが持ってきた水は何故か佐久間さんへ・・。
 佐久間さんが一口飲んだあとモリさんに渡すことなく、諦めたモリさんが演奏を始めたのがちょっぴりカワイソウでした。(笑)

(1999/9/27)


浅野井さんから、本コーナーで話題となっている自主制作盤「OZ DAY’S」についての続報!

 9/23の野音良かったです。まさか99年に[四人囃子]が聞けるとは思ってもいませんのでしたので、感激でした。A列36番でしたので最前列でしたし、観客も少しお年を召した方が多かったようでした。

 さて、[OZ DAYS]の事ですが、昨日再度聞き直してみたところ、収録アーティストはA面アシッドセブン、都落ち。B面南正人。C面タジマハール旅行団。D面裸のラリーズでした。
 アシッドセブンはロックンロール[ビートルズで有名なカンサスシティなんかをやっています。3曲]都落ちも70年初頭の日本語ロックという感じです。
 B面の南正人は、今も昔も変わらずということで、バンドの[アイシャルビーリリースド]他数曲を唄っています。タジマハールは何が何だか分りません。裸のラリーズは良かったです。

 現物は、実家に有り詳しい曲目は分りません。確認したのはDATに落としたものからです。

 ニューミュージックマガジンも、手元にある70,71,72年の号を確認しましたが、このレコードのレビューは出ていませんでした。ただし72年の号には[OZでライブをしている旨]の事が出ていましたので、このレコードが出たのは73年頃かもしれません。

(1999/9/27)


関 隆夫さん

 初めまして。

 『YAHOO!』から辿って来ました。あったんですね、四人囃子のHP!
 私は東宝から出たファーストからリアル・タイムで聴いていました。HPでは野音のコンサート・レポートが特に楽しかったです。私も生で観たかった・・・

 今日、横須賀で散策した後に寄ったダイエーで四人囃子のキーボーダーの坂下秀美氏と地元のロック・ミュージシャンによるユニットのミニ・コンサートを偶然観ました。曲は殆どロック(プログレではナイ)のカバーでしたが。終演後に伺った話では、今回の野音のコンサートは一度きりでツアーに出る予定は無く、又この日のライブもリリースされないそうです(かなりPAが悪かったみたいですね)。
 以前から噂のあったボックス・セットは音源が多すぎて(!)選曲に手間取っているが来年の頭には発売したいとのことでした。

(1999/9/27)

関さん、メールありがとうございまっす!BOXセットについては、日比谷野音の楽屋でも囃子メンバーと話をしましたが、収録音源のセレクションに入っていることは確かです。もうずいぶん長いことお待たせしていますが、今しばらく、楽しみにお待ち下さい!


おなじみの田村雄司さん

 23日午後2時半頃、霞ヶ関の地下鉄を出て、日比谷公園に向かうと「円盤」のリハーサルが聞こえてきました。
 デカイ音でリハの音が聞こえてくるのは、昔どおりの野音のまま。そして、外から見えそうで見えないのも変わらない。それでも、暫くリハの音を楽しんでいました。

 僕の席はB6列33番。大体皆さん同じようなところにいらしたようですね。

 コンサートの感想は山田さんや他の方と同じように、岡井さんが凄かったの一言です。
 佐久間さんが「四人囃子は岡井さんのバンド」と云われる意味を本当に実感しました。表情のよく変わる囃子の楽曲は岡井さんのドラムがあってこそ。また、他のバンドの曲では岡井さんの凄さはここまで判らない。岡井さんが四人囃子を体現している、ちゃわんやきやネッシーのような曲も岡井さんのドラムがあってこそ生まれたんだとつくづく思いました。
 昔は、ラディクのセットで迫力あるドラムを叩かれていたことを思い出します。
 ゴールデンピクニックスの頃にはだんだんTAMAに切り替わっていって。それにつれてパワフルでタイトなドラミングに変わっていったように思います。MZAのコンサートのとき、「おまつり」などの昔の曲とその頃の新曲は叩き方が違っていると感じました。本当云うと今回も昔ながらの前ノリ(?)のドラムも聴いてみたかった。いっそのことラディックのセットで、ついでにドラムソロも。

 確かに、坂下さんのキーボードの音がよく聞こえなかったとか、トラブルもあったけれど、「ネッシー」も聴けたし、とても幸せなコンサートでした。

 トリビュートバンドは都合で伺えませんが、又の機会には参加させていただこうと思っております。

 青木様、当然、この後は森園さんのインタビューですよね。期待しています。それでは、長々と失礼しました。

(1999/9/25)

ご指名ですので(笑)...プレッシャーありがとうございます(笑)
森園インタビュー、ご期待下さい!森園さんに了解はいただいていますので、多少時間はかかりますが、年内にはなんとか掲載に持ち込めるかなと思っています。ご期待あれ!!


カールさん(42才・埼玉居住)

 昨日は、台風18号の中休みで素晴らしい晴天に恵まれましたが、スタッフの皆様は、 前日から気が気ではなかったのではないでしょうか?

 さて、昨日のコンサートは最高でした。やはり四人囃子は「音の厚み」が違います。

 申し遅れましたが、私は岡井大二大先生を崇拝いたしておりまして、URC(浦和ロ ックンロールセンター)の秋衿瀬公園でのライブや城西大学でのライブなど20年も 前になるでしょうか聞かせていただき、魅了し趣味でドラムをはじめたものです。

 昨日は、B7列におりましたので、岡井先生のドラミングが良く見え大変満足いたし ました。ドラムセットはヤマハを使っておられ、ライドSとハイハットの蝶ネジがちょ っといまいちでしたね・・スタッフの心配をよそに岡井先生は、余裕で何度も演奏しな がら締め直しており、スティックを口にくわえたのを見てしまいました。(^¥^)

 ライブでは珍しく「ネッシー」をやったのは120%の満足度でした。欲を言わせて いただければ、「おまつり」をやっていただきたかったです。

 岡井先生は、このHPでの写真は失礼ですが「おっさんくさくなった」と思っていま した。しかし、昨日は大変元気で若若しく髪の毛は短いものの昔のままで安心いたして おります。(ロンゲもいいけれど短めのほうが良い・・年から無理かも・・)

 すこし太ったですか?腕が太くなったように思います。そのせいもあるのでしょうか、 昨日は思いっきり叩いていたように思います。リムショットの深い音が最高でした。

 これからもファンのために頑張ってください。応援しております。

(1999/9/24)


mumpsで〜〜す。

 ども、mumpsです。

 9/23、晴天でホントに良かったですねー。四人囃子のライブ、皆様も色々感じるところがあったかと思います。

 mumpsのライブレポートは、近日中にWebmaster/aoさんのご協力の下、四人囃子公式WEBサイト及び、 当方のサイト(http://plaza.harmonix.ne.jp/~gnome/)に掲載される予定です。
 ちょっとお待ち下さいねm(_ _)m。

 あ、当日MoonRiders Stuff Cap姿を見つけて、声をかけて下さった方々、ありがとうございました。 この場を借りてお礼を申し上げますm(_ _)m。

 正直5時間以上のライブをPAのすぐ近く(前から5列目にいました^^)で聞いていたのと屋音の堅牢な椅子 のおかげで、オフ会をその後行う元気はありませんでした。
 今度は、TRB(TRFではない....)ライブにてお目にかかりましょう。

 では(^^)/。

 PS:うーん、ジョーのWomanとサトリは凄かったなー。   超音波ボイスは健在でありました.....

(1999/9/24)


山田 正二 さん

 青木さん、こんばんは。今夜の囃子ライブよかったですね!23年ぶりに同じ野音で見た生囃子に感激しました。

 勝手ながら森園さんのギターはやっぱりブルースより四人囃子だなぁ〜と思ってしまいました。

 円盤のイントロで危機をやっていたのは元Close To The Edgeのミツルさんだとばかり思い込んでいましたが、森園さんだったんですね〜!でも白いストラト調子悪かったんでしょうかね。最後でギターとっかえてましたね。

 今日一番元気だったのは岡井さんではなかったでしょうか。私の回りではスゴイなぁという声しきりでした。

 ちょっと気の毒だった(?)のはミツルさん。ソロもちょっぴりで、もう少し聴きたかったです。使われていたのはヴァンヘイレンのギターでしょうか?

 佐久間さん、最後に上着を脱いでましたね。気合入っていたんですかね。

 坂下さんのキーボードのミックスがちょっと小さかったのが残念でした。

 あと全体的に音量が小さめでしたね。一触即発はもっと大音量で聴きたかったです。ちょっぴり残念。でも最後に即発やってくれ嬉しかったです。

 あとネッシーもフルバージョンでやってくれましたね。中村さんが出てきたのでやるのかなと思ったのですが、期待どおりでした。中間部のたららったらら・・・♪はコーラスがなかったのがちょっぴり物足りなかったです。(笑)

 1999年にオリジナルの四人囃子が見れるとは思っていなかったので、非常に嬉しかったです。いろいろ情報ありがとうございました。

# トリビュート・バンドのライブはキャンプ中で残念ながら伺えませんががんばってくださいね♪

でわ。

P.S. 今日一番驚いたのはジョー山中さんのサトリでした。一瞬にして20うん年前にタイムスリップしてしまいました。(笑)

(1999/9/24)


唯是さん

素晴らしい演奏でしたね!!!!!!
ボクは、B5列の54番に座っていました。皆さん、どちらに?

佐藤さんも歌うのかと思ったら、森園さんだけでしたね。
「ハレソラ」とか、やってほしかったなー。
しかし、すごかった。
あれだけの演奏力のあるバンドは、日本では四人囃子だけでしょう。
今世紀最後の演奏になるのでしょうか?

(1999/9/24)


  ↑↑↑  四人囃子ファン、9月23日日比谷野音に大コ〜フン!!!


茶々丸さん!(2つ下に投稿いただいてます) 今回はお尋ねです!どなたかご回答をお願いしますー!!

 始めて投稿する者です。パソコン始めて3ヶ月という初心者ですが仲間に入れてください。

 始めてから色々なバンド、ミュージシャンのホームページを見てきましたが、このホームページほど知識、経験の有る方々が参加しているのはないのでしょうか、それに内容も非常に濃く楽しめます、囃子のファンでよかった。

 私と囃子との出会いですが、中学の時クラスにメンバー全員と友達のお兄ちゃんを持つ奴がおりまして、確か中野公会堂で見たのが最初です、一曲目にフロイドのシンバラインを演りエコーズも演奏したときです。あまりの衝撃に夢中で追っかけました、そのおかげで当時のバンドをずいぶん見ることができ世界が広がりました(ミスタッチ、安全ばんど、外道、メデスン....)

 当時の話ができる方ばかりなので、非常に楽しみです。宜しくお願い致します。

 ところで、74〜75年頃だったと思うのですが、荻窪ロフトでの囃子のライブの曲名覚えている方、森園氏が女性ボーカルの曲をファルセットで歌ったと思うのですが、誰のなんていう曲でしたかね、テープ無くなってしまっているし、隣の人の声でよく聞き取れなかったのですが、昔から気になっていたものですから、ご存知の方教えて下さい。

(1999/9/19)


George さん(日系4世のアメリカの方、ワシントン在住) 

      I have been a fan of Yonin-Bayashi since 1974. A friend of mine (guy who runs AJANTA

RESTAURANT) sent me ISHOKU-SOKUHATSU. Ever since, I have been a big big fan.

      I am JA (Nikkei-America Yon-Sei).

      I am trying to buy every single album, the BAYASHI has ever produced.

It is very hard to get hold of the KAIZOKU-BANs over here.

      I recently got hold of UNION WAY's Japanese Web Characterization software and

have been able to read your web site for the first time.

      I played the whole ISHOKU-SOKUHATSU album over the radio station in Corvallis Oregon when I was a

student DJ there.(KBVR-FM)  I got some interesting calls about that one.

      I make fighter planes now for a living but my interest is still listening to my old

favorites which include the YONIN.

      I read here that YONIN is playing charity concert on the 23rd. I would have flown there

if I'd only known sooner. I will settle for MOODY BLUES (They are coming to Seattle 10/27).

      Please keep doing REUNIONs. It's good for people like me.

      Thank you for a great website and keep up the good work. GANBA-TE KUDASAI.

(1999/9/19)

I thank you for your ardent mail. I was, at first, surprised a little, when I found a fan of YONIN BAYASHI among Native Engilsh speakers. But the feeling changed immediately in joy and Happiness ! :-)


茶々丸さん(42歳) ありがとうございます!簡潔なお言葉ながら、webmasterには文字以上のお気持ちが伝わってきます!うれしいです!!

 囃子のホームページがあるとは、素晴らしい時代だ。

(1999/9/19)


ついに登場!LP所有者の浅野井さんから、ライブハウス“OZ”の自主制作LPについての情報です!ありがとうございますぅ〜!

 何かこのLPについて、問題になっているようですが、所持している一人から報告すると、出演したアーティスト全てが収録されておらず、収録されているアーティストは、タジマハール旅行団、裸のラリーズ、南正人、アシッドセブン等々で四人囃子は残念ながら収録されておりません。

 今回の書き込みで私も初耳だったのですが、シリーズで出されていたとすると別ですが、七十年初頭の[ミュージックマガジン]にもこのレコードレビューが出ていたのを、見たことがありますが収録されていたのは、やはり上記アーティスト達だった記憶があります。

(1999/9/19)


この書き込みは書込者よりのご依頼に従って削除しました(2011年10月8日)

(1999/9/19)


“史上最大のオフ会/首謀者のmumpsであります”さんから怒濤の呼びかけ!
囃子大好きのみんな〜!とりあえずmumpsさんのところに集合!! (^O^/ そうだね!そのうち「囃子ロゴ」付きキャップ作らなきゃ!

 ども、mumpsでございます。

 満さんの写真、若いねー。なつかしのグレコの黒ストラトとミッキーTシャツじゃないですか(^^)。(うーん、あのTシャツはステージ衣装、もしくはフォトセッション用の衣装だったのだろーか??←^^)

 さて、9/23、あたくしmumpsも行きます!!!!
 B列前列の左端で何故か、MoonRidersのキャップをかぶっている人を見かけたら、それはあたくしかも知れませぬ.....

 では、日比谷屋音にて、おー騒ぎしちまおうぜい!!!!

 PS:さて、9/24、休暇にしなくっちゃ.....

(1999/9/16)

mumpsさんの「追記」(9/17)
「でも、集まっても、なーんにもでないよ.....」
とのこと。集まると話がたくさん出て、大いに盛り上がるのでわ?


Webmaster 青木からのメッセージ

 待望の、ほんと待望の囃子ライブ、もうすぐですが、23日野音で、四人囃子に大声援してる人を見かけたら、声をかけ合ってはいかがでしょうか?「囃子ページ見てる?」
 答えが「もちろん!」なら、コンサート終了後も、囃子の話で大盛り上がりになること間違いなしですよー! (^.^/ 「囃子ページ愛読者」は、根っからの囃子ファンですから!
 ちなみにWebmasterも、みなさまにお会いしたいのですが、“接近取材”を目論んでいるため、客席の方にはいないかもしれません。残念ですが、会場に来られないファンの方にご報告しなければいけませんので。。。

 ここで、ライブを体験される方にお願いです!ライブのご感想、ライブをみて思い出したあの頃の体験・感情などなど。。。ぜひぜひご投稿下さい!たくさんの方のご投稿が、囃子ページをまた楽しくしてくれます。また、みなさまのご投稿に触発されて、再ライブ!!ということもあるカモですから!!よろしくお願いしまりすーー!!

 末筆ながら、いつも囃子ページをご覧いただき、ありがとうございます!!また、当コーナーにご参加(ご投稿)いただいております方には、特に御礼申し上げます。みなさまからのご投稿をいただくのが何よりの喜びです。本当に!ページ作りの疲れを癒してくれるのが、ファンのみなさまのメッセージです。今後ともたくさんの方からメールいただけますよう、お願いいたします。

はにかみつつの追記 : 10月9日のトリビュート・ライブもよろしくお願いします!チケットにもまだまだ余裕が...豊富に余ってますから(笑) (~~;;

(1999/9/15)


この書き込みは書込者よりのご依頼に従って削除しました(2011年10月8日)

(1999/9/15)


“はい、三線(蛇皮のほうですよ)でも始めようとしているmumpsです”(パーソナル・インフォメーション:秘密、秘密、秘密)さん(笑)から、早速のご回答!!
いや〜、mumpsさん、ホントによくご存じですねー!敬服!!

 ども、mumpsです。
 またまた、出てきました(^^)。

 で、山崎さんの一つ目の疑問、ライブハウス'OZ'の自主制作盤'OZ LAST DAYS'(というタイトルの筈)は、1973年8月29日から9月2日にかけて、吉祥寺のライブハウス'OZ'の閉店記念ライブを収録したものです。
 ちなみに、出演したのはクリエイション、マキ&OZ、タジマハール旅行団、あんぜんバンド、四人囃子、ウェストロードブルースバンド、頭脳警察、ジプシーブラッド、裸のラリーズ、南正人、久保田麻琴と夕焼け楽団、アシッドセブン等々で、今から考えると生唾もののラインアップといえましょう。

 で、問題の自主制作盤に'四人囃子'は収録されているか???という話ですが、ディスクユニオンの雑誌'アークエンジェル'のインタビューで、岡井、坂下両氏の話では演奏は収録されていないというのが、事実のようです。
 実際、以前ある雑誌でこの盤の収録アーチストの一覧が載っていたのを見た際に、'四人囃子'の名前はありませんでした。(ところが、'四人囃子'の名前が載っている収録アーチスト一覧が別のムックにあったから、さーややこしい^^)

 当方も一時期、この音源を探しました事がありますけど、一度だけ某所のオークションリストで発見しましたが、あんましすんごい値段なんで、購入を見送りました。何せ、自主制作盤ですんで、プレス枚数も流通枚数も少ないんで、正直見つけるのは今は難しいと思いますね....

 誰か、持っている人が一人だけいれば、事実は明らかになるのだけどね......

(1999/9/12)


このファン・コーナーに以前、沢山の情報をお送りいただいた山崎 昭彦さんから、またまた貴重な情報が!
下記の点に関連する情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひ是非ご投稿くださ〜い!
なお、(2)の自主上映って楽しそうですね!どなたか実現してくれる人いないかな?。。。

 ご無沙汰しております。私も中村選手のインタビューには、驚きと喜びが隠せません。有難うございました。青木さんのご尽力には常々頭が下がる思いですが、改めてこのページの持つパワーを感じました。

 さて、本日思い出したことがありましたのでご連絡と思いメールを送信します。

(1)昔、吉祥寺だったか三軒茶屋だったかに”OZ(オズ)”というライブハウスがあり、そこは自主制作で”OZ DAYS(オズ・デェイズ)”というライブレコードを発売していました。そのシリーズの内のひとつに四人囃子の物があると聞いた記憶があります。御持ちの方がいらっしゃったら貴重な音源だと思いますが、この件はホームページ内では解決しているのでしょうか?

(2)昔、映画”二十歳の原点”を、渋谷のライブハウス”クワニチカ”で見ました。映画”欲望”でヤードバーズの演奏風景があったように「四人囃子の演奏映像が見られるかも」と思い楽しみにしていたのですが、残念ながら使われていたのは楽曲だけでした。ところで、この映画の自主上映とかってこのホームページ内で募って行われたりしたのでしょうか?

(3)レディ・バイオレッタが、マックスフィールド・パリッシュという画家の同名絵画にインスパイアされて作られた事はゴールデン・ピクニックスの歌詞カードにも明示されていますが、そこにあるパルコ出版から発売されたパリッシュの作品集、ご多分に漏れず速攻で購入し今でも実家に保管しています。これも著作権処理が難しいと思いますが、もしもホームページ内でまだ解決されておらず、且掲載可能なら、私ご協力できると思います。ちなみにレディ・バイオレッタを観た私の最初の感想は「きれいな人。どことなくサンディ(例のNHK−FMで共演した)に似ているなぁ」でした。加えて作品集には”バイオレッタ夫人”の他に”バイオレッタ夫人の悲しみ(嘆き、だったか)”という2作品が取り上げられています。以前にも書きましたけれど、”二十歳の原点”の主演女優さんもきれいな人でしたね、ジャケットに写真ありましたし、作品の中でとてもきれいな方でした。今見ても胸がときめきます。

(1999/9/12)


四人囃子BOXセットの提唱者!深見さんです。ニューヨークからの情報提供!いつもサンクスです!

 御久しぶりでございます。ボックスセット(^^)深見です。

 mumpsさんがおっしゃっている通り、2枚組一触触発のCDの番号は、D33P6284です。(CD買って以来、初めて確かめました)発売元は、ポニ−キャニオンで、私が購入したのは、かれこれ9、10年前ぐらいだと思います。

 価値があるかどうかというのは、私、全くわかりませんが、”円盤”と”ブエンディア”の8cm(?)CDがカップリングされていたので、見つけた当時は狂喜乱舞したもんです。

 歌詞カード以外に、大野祥之さんの(評論家の方でしょうか?)、SEE・SAWレーベル再発シリーズの説明もついてます。多分、その再発シリーズの一環で、発売されたんではないでしょうか。歌詞カード(冊子ですけど)の中には、”円盤”のオリジナルジャケットも載ってます。

 というわけで、御参考になれば幸いです。

 (1999/9/11)


“そうです、mumpsでございます”さん(そう、ソプラノリコーダ吹きは仮の姿、実はある時はドラムス、ある時はオルガン、ある時はベース、ある時はシンセ、ある時は.....)からご回答いただきましたー!mumpsさんいつもありがと!ですぅ〜

 相変わらずシャシャリ出てきます、mumpsでございます。

 で、二枚組の件、ディスクユニオンの佐藤さんの話のとうり、多分初CD化のものと思います。(当時、私もショップで物は見ています)

 最初のCD化は、ゴールデンピクニックスを除いてCD化されました。大橋さんのお持ちのCDのCD番号はD33P-6284ではないですか??

 PCCA-00586でないですよね?? 確か、その時のCDケースはレギュラーだった筈。でも、何故かゴールデンピクニックスは確か、一年程CD化が遅れ、しかもスリムケースのCD選書シリーズでした。

 さて、価値云々は、何とも言い難いところです。

 日本の中古盤市場というのは、明確な価値判断がされているとは言い難いのです。あるチェーンは、美品か否かで値段が決まりますし、あるチェーンではチェーン内の在庫数で値段が決まります(でも、こうゆうところは大概、買い取り価格が安い....)。

 で、コレクター向けのショップや、コレクター間のオークションなんかは、ほんとにピンからキリまでの値段('二十歳の原点'のオリジナルプレスを五万近くの値段で見たこともあります)になります。
 だからご自分のお持ちのCDの価値は、自分の気持ちで自分の心の内に秘めておけば良いのです。(でも、佐藤さん、ディスクユニオンの買い取り価格書きそう......^^)

PS:我々は、投資の為に音源を求めているのではない.....

(1999/9/11)


早速のお答え!ディスク・ユニオンの佐藤 嘉之さん。ありがとうございますぅ〜!

Re.2枚組CDの件

 初CD化された時の2枚組ではないかと思います。現行のものを見ておりませんので何とも言えませんが、2枚組には円盤のシングルのジャケットを復刻したものが付いていたと思います。こちらにしか入っていなければ、その分ファンにとっては価値のあるものになっているのではないでしょうか。今度店の人間にも聞いてみます。あんまり役に立たなくて申し訳ありません。

Re.MCの件

 アークエンジェルの取材の際、私も気になっていたので伺いました。岡井さんはMCがあったことをすっかり忘れており、たまたまインタビューの前日に関係者からその指摘を受けたばかりだとおっしゃっていました。これは字数の関係でインタビュー記事には載せなかった部分です。

(1999/9/10)

なお、このインタビュー記事とは、ディスクユニオン発行の雑誌『アーク・エンジェル』(第9号、1998年末発売。未公開写真も収録)に掲載された岡井・坂下インタビュー(インタビュアーは佐藤さん)のことです。同誌は、ディスクユニオン店頭で購入可能です。また質問の項目だけは、本サイトの「MIRAGEコーナー」でも見ることができます。


大橋さんからお尋ね!大橋さん(37歳、都内在住、既婚、旅行会社勤務、ベーシスト)
大橋さんもベーシスト!!う〜んベーシストが続くなあ(笑) ギタリストもドラマーもキーボーもメール下さい!(←こじつけ!笑)

 友人から教えてもらい、貴HPを初めてみました。高校の時、四人囃子のコピーバンドでベースを弾いてました。

 LPしかなかった音源も続々CD化され、簡単に手に入るようになりましたが、ここでひとつ質問があります。私の持っている“一触即発”のCDは2枚組の分厚いケースに、オリジナルCDと、“空飛ぶ円盤〜”のシングルCDがついているのです。しかし、まわりの友人で、このCDを持っている人はいません。みんなシングルなしの薄いケースに入ったCDばかりです。

 いったい私の持っている“一触即発”のCDは何物なのでしょう??価値があるんでしょうか。限定盤かなんかなのでしょうか。

 それと、73年の俳優座のライブ、LPでは森園氏のかったるそうなMCが入っているのに、CDには入っていません。なぜなんでしょう??? あのMC好きだったのに。

 この2点、どうしても知りたいので教えてください!

 それでは、貴HPの発展をお祈りしています。

(1999/9/10)

ご存じの方、ぜひ是非お答えくださ〜い!即発のCDについては、現在の「選書シリーズ」化前のCDですが、中古市場でも出回ってないのでは?。。。その価値は?
第2の点については、これはメンバーじゃないと分からないカモですね。もしお答えが出てこなければ、そのうちメンバーに聞いてみましょう。


おなじみ山梨の遠藤さん、中村インタビューに大興奮!
ちなみに、遠藤さんはベーシストで、“Glove Senses”というバンドでCDも作られています。
(遠藤さんのバンドお聴きになりたい方はwebmasterまでご一報ください。入手方法お教えします)

 おはようございます。

 いゃぁ中村さんインタビュー最高です。よくぞやってくれましたってカンジです。当時も中村さんの発言なんてほとんどなかったし感激です。本当におつかれさま。

 結構意外な発言が多かったです。中村さんのプレイは独特ですよね。いかにも奇をてらったというのではないのですが

コピーすると全然できないっていうか「空と雲」しかり、普通「おまつり」の2コード部分であのフレーズは思いつきませんよね。なんかソウルに傾倒した結果のフレーズだと思っていたのですが違うようですね。

 「羊飼いの歌」のことを全然憶えてないのもおかしかった。あれは中村さんの曲ですよね。(当時のライヴのMC、NHK−FMによると)

 MZAの再結成時の「一触即発」を聴いて何かが足りないと感じたことがあったのですが、その後中村さん参加のライブを観て「何か」が明確になりました。「あの青い空がやぶけたら」のハモリ!!森園さんと中村さんのコーラスは結構初期の「あのカンジ」の重要な部分を担っていたのでないでしょうか。

(1999/9/7)


MIKIさん、東京在住の大学生さんです!

 ここのページを発見してとっても嬉しいです!

 私は佐久間さんが大好きで、プラスティックス大好きなんですけどリアルタイムで聞けてなかったのが残念です。。。
 でも、最近では佐久間さんのプロデュースされているバンドを応援してます。

 先日はパパパパパフィーの方にも、GLAYの幕張でのライブの方にも 行ってきました。うーん、やっぱりかっこいいです。
 佐久間さんが出演されることがあるので、公録などもどきどきしながら行って、拝見してます。

 うーん、でもやっぱりプロデューサーの佐久間さんではなくって、バンドのメンバーの佐久間さんを拝見したかったなぁと思います。

 このページもじっくり読ませていただきたいと思います。
 これからも楽しみにしてます。がんばってください♪

(1999/8/11)

応援ありがとうございます!GLAY幕張20万人ライブの佐久間さん、衣装がGLAYメンバーよりハデでしたねぇ (~~;; ...あっ、TVで観たんですけど。
四人囃子もよろしく!お楽しみくださぁい!